天然仕上げ砥石について その三

ここ最近、新たに手に入れた天然仕上げ砥石を、以前から使っているものと取り混ぜていろいろと試しているのですが、やはり京都・大平(おおひら)産のものが、研ぎ易さと研磨力に於いて他の産地のものを凌いでいると感じられるのです。
ですから、大平産の内曇砥が古来より刀剣研磨に使われてきたということに納得せざるを得ない感があります。それから京都梅ヶ畑・中山産。この産地の優れたものは独特の研ぎの手応えがあり、中にはザクザクと反応しながらも鋼は鏡面近くまで仕上げることができる、奇蹟的なものもあります。それに次ぐものとしては、京都・新田
(しんでん)産のものが西の横綱と云えるでしょう。それから京都・梅ケ畑奥殿(おくど)産、滋賀・高島産のものが大関といったところでしょうか。また、鏡面仕上げには何と言っても京都・梅ヶ畑の鳴滝産、中山産といったものが横綱に君臨します。
こうしてみると、やはり昔から木工職人の間で評判の良かった産地のものが上位を占めることになるのです。

 


ところが、大平や新田といった産地のものと匹敵する産地が他にも存在するのです。写真のものがそうで、これは大平や新田よりも西に位置する京都・亀岡の丸尾山産の巣板ですが、その研磨力は横綱級です。
これは砥取家という砥石採掘を専門とされているサイトで紹介されているものです。丸尾山がある京都府亀岡市西北部の砥石山は、明治時代になってから採掘が始まった比較的新しい産地だということですが、驚くことに丸尾山は採掘され始めてからまだ数年しか経っていないということなのです。これほど優れた砥石が眠っている山がこれまで掘られていなかったということは奇跡としか云いようがありません。
そういった点で、採掘を行っておられる砥取家の土橋氏も強い責任感を感じていられるようで、天然砥石のすばらしさを少しでも多くの人に知ってもらいたいと精力的に活動されているのです。





上の2枚の写真は同じもの(寸八鉋:身巾7cm)を光の当る角度を少し変えて撮影したものです。上の写真は刃が白く、下の写真では刃が濃く写っています。地鉄じがねの様子は上の方が見やすいのでしょうか・・。どちらにしても写真では分かりにくいですが、地・刃ともに美しく 曇っています。大平産の内曇砥の曇り方とはやや違っていて、緻密に曇っている感じです。刀剣研磨の専門家の評価はどうなのか興味が湧くところですが、「砥取家」によると、すでに刀剣研磨には実際使われているということです。また、丸尾山からは天上巣板(内曇砥)の層も確認されているということですから、これが、近々底を突くかもしれないといわれている大平産の代わりに使うことができれば、刀剣界の救世主となるのではないでしょうか。




これは丸尾山の天上巣板(内曇砥)、右は研ぎ汁。 荒々しいほどの手応えと底力、強烈な研磨力、それでいて鋼(はがね)の仕上がりは白巣板のように緻密です。野武士と貴婦人が同居しているような不思議な世界。




研ぎ上げた寸八鉋(身巾7cm)、中砥の刃の黒幕#1500の傷を
1分ほどで消すことができます。 鋼の仕上がりは白巣板とほぼ同じです。私は丸尾山の砥石は、白巣板、黄色巣板、大上、天上巣板、天上戸前を持っていますが、どれもすばらしい反応と 研磨力があります。ですが層の違いによる差はそれほどないと感じます。用途として私のように木工用に普通に用いる分には何ら問題はありませんが、刃の鏡面仕上げをしたり、地鉄
じがねの肌を現すには肌理の細かい戸前でも粒子がちょっと荒く無理があります。さすがにこればかりは中山産、鳴滝産のものなど梅ヶ畑地区で産するものに頼るしかありません。ですから丸尾山の砥石は中継ぎ用と云えます。刀剣研ぎの内曇り砥として、あるいは仕上げの刃取りには、どの層のものも充分使えるのではないでしょうか。

付記:2010年7月、硬口の千枚層のものを入手しましたが、これはほぼ鏡面に仕上げることができます(参照)。





これは京都亀岡・神前こうざき産の巣板です。やや硬めで、強烈な反応を示し、底力、研磨力も申し分なしの砥石です。 ほぼ鏡面に仕上がり、一見、新田しんでん産の巣板に見えますが、研いだときの手応えは明らかに新田のものとは違います。側の原石の様子も違った印象を受けます。神前では、今では砥石は採掘されていないということで、これは以前掘られて原石の状態で眠っていたものを蘇らせたものだということです。




上の2枚は産地は伏せておきますが、左のものは研ぎ汁が真っ黒でよく鉄が研がれていますが、柔らかい地鉄じがねが主に研がれていて、硬い鋼はがねはあまり研がれていません。ということは、研ぎ上げるのに時間がかかるということになります。右のものは研ぎ汁はそれほど黒くはありませんが、鋼はよく研がれています。ですから早く研ぎ上げることができます。つまり研磨力が強いということになります。
このように、研ぎ汁で一見よく研がれているように見えても、鋼を研ぎ上げる力が弱いものもあります。それから、その逆で、黒い研ぎ汁ではなくても研磨力の強いものもあるので、よく吟味する必要があります。





これはシャプトンの中砥刃の黒幕#1500の研ぎ傷を12倍に拡大した画像です。 上部の白い部分が刃部の鋼
(はがね)で下部の色の濃い部分が柔らかい地鉄(じがね)です。




これは上の状態のものを先に紹介した丸尾山産の内曇りで研いだものです。できるだけ短い時間で研ぐということを 前提にして、2分ほど研ぎ、鉋刃の裏に研ぎの返りが出、目視でほぼ#1500の傷が消えたのを確認した状態で撮影したものです。全体に均一に傷が消えています。




これは新田産の戸前です。研いだときの反応は上の丸尾山の内曇りと同じようなものを選びました。同様に2分ほど研いだ状態で撮影したものです。やや中砥の傷が残っていますが、刃の先端部を意識的に 研いだので先端部はほぼ傷が消えています。
刃物としての実用上では、このように刃の先端部が研がれていれば事足ります。これは刃物研ぎの要領でもあります。





これは大平産の蓮華巣板です。研ぎの反応は同様のものです。
丸尾山の内曇りと同様ほぼ#1500の傷が消えています。




これは奥殿おくど産の巣板で研いだもの。この砥石はやや砂っぽい表面をしていて、巣板という名前のとうり表面に所々巣があるものですが、案の定ヒケ傷が入っています。刃の先端部は消えているので実用上差し支えはありませんが、日本刀の場合はこれは文字どうり致命傷となります。




これは丹波亀岡の神前こうざき産の巣板です。
やや中砥の傷が残っていますが、研磨力は充分です。研ぎ時間を2分としたので、これで止めましたが、あと30秒ほど時間をかければほぼ消えるでしょう。





以上、研磨力が強いと言われている産地のもの5点の仕上げ砥石の性能を比較してみました。写真上段の左のものは丸尾山産内曇り(長さ23cm)、上段中央は新田産戸前、その右は大平産蓮華巣板。下段左のものは奥殿産巣板、右側は神前産巣板。比較のため、どれも同様の硬さと反応のものを選びました。用途としては中継ぎ用の仕上砥です。




  一つ重要な産地を忘れていました。滋賀県高島産のものです。




      研ぎあげた寸八鉋の刃
(身巾7cm)。微塵に曇ります。




拡大画像です。これも強い研磨力があり、1分ほどでほぼ中砥の傷を消すことができます。これも2分研いだものです。




これは大平産の戸前。反応はすばらしく、研ぎ汁の独特の粘りに
不思議な研ぎ感を覚えます。この研ぎ汁は邪魔にはならず、また、刃物を選ばず反応するので 実戦向きといいますか、即戦力として重宝するでしょう。




これは側を横にして見たものですが、厚みは厚いところで8cm以上あります。大平産でこれほど厚いものはたいへん珍しいということです。側は四方が原石のままで、上に紹介した面は美しい紅色が出ています。私は砥石に限らず石が好きなので、これを見ているだけで満足してしまうのです・・。




これは、これまでに紹介してきたものと同様に、シャプトンの「刃の黒幕#1500」で研いだ後、およそ2分間研いだものです。強い研磨力があり、刃物への喰い付きも強烈です。戸前ですから緻密に仕上がっています。私はできるだけ早く研ぎたいので、鉋の鎬面は刃先から鎬まで1cmほどにしているのですが、今回試し研ぎに使っている鉋身は鎬巾が1,5cmほどになっているのため、この砥石のように喰い付きが強いと研ぐのにやや苦労します。中砥の#1500の傷は1分も研げば実用には差し支えないくらいに消え、鋼はがねは微塵に曇っています。砥面の左側に刃物へ当る筋があり、それによるヒケ傷が地・刃共に入っていますが実用上問題はありません。
以上紹介した仕上砥石はすべて仕上研ぎの中継ぎ用(曇り仕上)のもので、この状態でも充分に切れますが、さらに切れ味を良くするために鏡面仕上げをする場合もあります。
動画を参照
ください。

参考までに、中砥ぎの次にいきなりカチカチの鏡面仕上げ砥石で研いでも、中砥の傷を消すことはほとんど不可能で、時間をかければ出来ないこともありませんが、時間を浪費するだけです。
日本刀の研ぎを参考にすれば、その理由は自ずと理解できると思いますが、日本刀のように柔らかめの鋼でも中砥の傷を消すのは大変なのです。日本刀の場合、鉋など一般的な刃物の中研ぎだけでも数種類の砥石を使い、少しずつ砥石の傷を細かくしていきます。そして中研ぎの最終段階として細
こま名倉をかけますが、これはほとんど仕上研ぎといってもいい段階です。そして仕上研ぎとして内曇砥をかけますが、この砥石が上に紹介した中継ぎ用の仕上砥と同様のものなのです。
このように、中研ぎから仕上研ぎまで多くの砥石を使い、少しずつ前段階の砥石傷を消していった方が、結局は短い時間で研ぎ上げることができるのです。
日本刀の研ぎについてはこちらを参照ください。


その一 その二

天然砥石の歴史

梅ヶ畑村誌

砥石いろいろ


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