天然仕上げ砥石について

最近のインターネット上の砥石専門店は良心的なところが多く、価格も試すのに手頃なものが多い。また、その砥石を実際に使用した画像も載せられているショップでは安心して注文することができます。これまで、砥石を手に入れる時にはバクチを打つようなもので、よほど良心的な店でなくては店頭に並んでいる砥石は試し研ぎなどさせてもらえませんでした。もちろん返品にも応じてもらえない、というのが普通でした。ですから外れれば泣き寝入りするしかなかったのです。
幸い私は研ぎの師匠が砥石の専門家で、自身も日本刀の研ぎを行う人であったので、その点では恵まれていたのかもしれません。それでも、その師匠のところにはなかった砥石が、今、系統立てて手に入れることができるのです。
良質の仕上げ砥石は京都近辺でしか採れず(例外もありますが)、その中には今では底を突いた砥石山もあります。また、日本刀の研ぎに使う仕上げ砥石の内曇砥
uchigumori-toはごく限られた所でしか採掘されず、底を突くのは時間の問題だということです。それに加え、危険を伴う採掘をする人がいなくなりつつあるという現実問題もあります。そういった状況の中で、今でも採掘が続けられているということは、我々木工職人にとって大変ありがたいことです。




これは京都奥乃門産の仕上げ砥石、巣板suita層のもの。右側の画像は鉋かんなの刃を研いだときの研ぎ汁です。黒い研ぎ汁が出ているということは鉄がよく研がれているということで、良い砥石の目安でもあります(例外もあります参照)。






これは京都新田産の巣板。




新田産の巣板で研ぎ上げた寸八鉋身
私はこの砥石を使う前の段階では、シャプトン社の「刃の黒幕という商品名の中砥石(grit1500)を使っています(2014年の時点では天然中砥しか使っておりません:下記参照)。この新田産の仕上げ砥石はgrit1500の研磨傷をわずかの時間で消すことができるのです。grit1500の砥石の前段階ではgrit1000の砥石を使います。gritの数字はある一定の面積内の粒子の数を表しています。ですから数字が多いほど細かい粒子ということになります。
これを記述した後、2012年の時点では「刃の黒幕」1500番の後に硬めの天然中砥を使っています(2014年の時点では「刃の黒幕」は使わず、天然中砥のみを数種類使用)。目〆meshime中砥と言ったりもしますが、普通に研いでは反応しないような天然中砥を使っています。これを、同様の天然中砥や600番ほどの電着ダイヤモンド砥石で砥汁を出し、そのままの状態から研ぎ始めるとよく反応してくれ、研ぎ傷も2000番以上の細かさに研ぎ上げることができるのです。その後仕上げ研ぎを行うと、さらに短時間で仕上げることができます。
参照動画
 この動画で使っている粒度約1200番の沼田虎砥を「刃の黒幕」1500番とお考えください。

刃物を研ぐということは、荒い粒子の砥石から徐々に細かい粒子の砥石を使い、前段階の砥石の傷を消していくこと、とも言えます。これをできるだけ効率よく行うと、早く研ぎ上げることができるのです。日本刀の場合は地鉄
jiganeの肌を現す必要があるので、一般の刃物とは違う砥石使いをしますが、切ることだけを目的とした研ぎでも、切れ味が良く永切れする研ぎを行うには刀剣の研ぎ方は参考になります。
参考までに、grit1000程度の中砥ぎの次に、いきなりカチカチの鏡面仕上げ用の仕上砥で研いでも、中砥の傷を消すことはほとんど不可能で、時間をかければ出来ないこともありませんが、時間を浪費するだけです。日本刀の研ぎを参考にすれば、その理由は自ずと理解できると思いますが、日本刀のように柔らかめの鋼でも中砥の傷を消すのは大変なのです。
日本刀の場合、鉋など一般的な刃物の中研ぎだけでも数種類の砥石を使い、少しずつ砥石の傷を細かくしていきます。そして中研ぎの最終段階として細koma名倉naguraをかけますが、これはほとんど仕上研ぎといってもいい段階です。そして仕上研ぎとして内曇砥をかけます。この砥石が上に紹介した中継ぎ用の仕上砥と同様のものなのです。このように、中研ぎから仕上研ぎまで多くの砥石を使い、少しずつ前段階の砥石傷を消していった方が、結局は短い時間で研ぎ上げることができるのです。




これは30年ほど使ってきた仕上げ砥石で、京都梅ケ畑中山産のものです(おそらく巣板)。最終仕上げ用の砥石で、たいへん硬く、30年使ってもほとんど減っていません。砥石の師匠から、おまえさんにはまだまだ使えないから、こんなものを持つ必要はないと言われたものです。使いこなすには5年以上はかかる、とも言われました。そこまで言われては、こちらにも意地があります。師匠の仕事場から奪うように持ち帰ったものです。数十万円のものでしたが、当時の私の全財産をはたいて手に入れたものです。この砥石からは多くのことを学ばせてもらいました。刃物への喰い付きがひじょうに強く、強烈な研磨力があります。
特にハイス鋼など特殊鋼には威力を発揮します。研ぎ上がりもすばらしく、他の砥石の追従を許しません。主に最後の鏡面仕上げに使っていますが、この砥石は初心者にはまず使えません。上の画像のような研ぎ汁を出せるまでには、やはり数年はかかります。これは楽器にも共通していることで、優れた楽器は奏者を選ぶように、優れた砥石は研ぎの腕が確かな者しか反応してくれないのです。
この砥石は日本刀の研ぎでは薄く割って、内曇り砥で仕上げた後の艶出しに使われるものです。地鉄
jiganeの冴えはこの砥石を使わなければ出せないということです。





これはハイス鋼はがねの小刀を研いだもの(名倉は使っておりません)。普通は柔らかい地鉄に薄いハイス鋼が鍛接されているのですが、この小刀はHSSハイス鋼のみで作られています。中国製の日本仕様の鉋などにはハイス全鋼のものを見かけることがあります。近頃ではハイス鋼を使用した鉋、小刀、彫刻刀が一般的になってきました。私も黒檀を加工する刃物はすべてハイスものにしています。さすがに力強く、従来の鋼の刃物よりも数倍永切れします。ハイス全鋼小刀の研ぎ動画をYou TubeにUPしております。
中世中山仕上砥を使った動画はこちら
ハイス全鋼の鉋身の研ぎはこちら




これは超特殊鋼と言われる鋼が使われた鉋を研いだものです。昭和中頃まで燕鋼と呼ばれていたものと同様の鋼だそうです。粘りがあって強靭な鋼ですので、ローズウッド(紫檀材)など硬い木を削るのに重宝します。
ハイス鋼の優れたものほど永切れはしませんが、切れ味はすばらしいものがあります。強靭なので研ぎにはやや苦労しますが、現在の人造中砥は優れているのでそれほど気にはなりません。仕上げ砥ぎはやはり天然砥石の仕上がりに軍配が上がります。研ぎ上がりはハイス鋼よりも光ります(研ぎの動画)。





違った角度で撮影したものですが、地鉄の中に見える黒い筋は日本刀の銀筋のように強く銀色に光っているものです。光の当り具合ではこのように黒く見えます。地鉄じがねは光の反射で様々に見えるので、日本刀にしても撮影は不可能とも云えます。それとともに人間の目(視覚)の不思議さも深く感じてしまうのです。






これは京都大平産の巣板です。ひじょうに研ぎやすく、研磨力もあるので重宝しています。日本刀の仕上げ研ぎに使う内曇り砥はこの大平産のものです。この山は今では少ししか採掘されておらず、しかも底を突くのは時間の問題とも言われています。




研がれた鉋身
(寸八:身巾7cm)、微塵に美しく曇ります。





これは京都新田shinden産の梨地の巣板。左の写真は水に濡れていない状態です。やや柔らかめで、研ぎ心地は大平産に近いものを感じます。新田と大平は同じ山で、掘っている場所が違っているだけだということですが、それで共通した強い研磨力があるのでしょうか。ですが、研ぎ上がりは違います。この砥石は上に紹介した新田産とも地鉄の現われ方が違いますが、大平産に比べるとまたずいぶん違うのです。






これらの鉋は私が現在使っているものですが、写真に写っていないものも含めて大小様々100丁ほどあります。ギターを作る場合の材料は、黒檀のように硬いものからスプルースや菩提樹のようにごく軟らかいものまで使うので、鉋はそれに合ったものを用意する必要があります。




刃物は他に、小刀、ノミ、彫刻刀などこの写真を含め80本ほど使います。これらの刃物を一度に皆研ぐということはありませんが、使っている途中に研ぐときには、できるだけ早く研ぎあがった方がやはり助かります。大きめの鉋の刃の場合で数分、長くとも10分ほどで研ぎ上げたいのです。しかも良く切れるように研ぐには、仕上げ砥石は大変重要になってきます。





これは10年ほど使っている産地不明の仕上げ砥(おそらく京都・愛宕山産と思われます)。小さなものなので、鑿ノミや小刀に使っています。今回新たに色々と仕上げ砥石を手に入れて試していますが、まだこれに匹敵するものには出会っていません。それほどこの砥石は優れています。これまで新しく手に入れた砥石は、鉋カンナには反応しますが地鉄じがねが硬めのノミには反応が悪いのです。この砥石はノミにも鉋にも同じようによく反応します。




研ぎあがった刃巾6mmの追入れノミ。刃物の研ぎは刃巾が狭いほど難しい。これは6mm巾ですが、これくらいがもっとも難しいのではないでしょうか。私は刃巾3mmや1mmのものも使っていますが、これらはごまかしが利くのです。




これは刃巾1mmのノミ。






これは京都新田産の戸前です。右はノミを研いだもの。よく反応しますが力強さはやや物足りません。しかし、こういったものにはめったにお目にかかれないのです。この砥石は研ぎ心地が柔らかですが、ノミを研ぐ砥石は喰い付きが強すぎるとかえって研ぎにくく、若干の滑りがあったほうがいいのです。この砥石はその条件を備えています。




研ぎ上げた18mm巾の薄ノミ。





これは新田産の小ぶりの巣板で薄緑がかったものです。各産地の砥石層には白っぽいものから灰色、そして緑色がかって、それが濃くなっていくといのが一般的のようです。新田産にはベージュがかったものがよく見られ、これは他の産地にはあまり見られないような気がします。写真のもののように白いものは新田産では珍しいものだそうです。硬めの砥石ですが、よく反応し、強い威力を発揮します。




この砥石で研ぎ上げた鉋。鋼は鏡面に仕上がります。刃が冴えて、地鉄
(じがね)の肌模様がよく現われています。





これは新田産の戸前です。これも研ぎやすく、ノミでも力強く反応します。小振りながら申し分なしの砥石です。




研ぎ上がった24mm巾の追入れノミ。

その二 その三

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