古典調律 古典音律
フレッティング ギター


今回は変形ヤング音律を試してみようと思います。まず音律についてここを参照下さい。

現在のギターに使われている音律は12平均律ですが、これはすべての半音を100セントとし1オクターブを1200セント(100X12音)としたものです。
そうしますと、たとえば12平均律のハ長調の主和音のド−ミ−ソのド−ミの長三度の音程は400セントとなりド−ソの完全五度の音程は700セントとなります。

純正な五度(ゼロ・ビートと云い、「うなり」が全くない五度)はセント値で言うと702セントです。ですから、12平均律の完全五度はほぼ純正と云えます。この2セントの違いは、よほど耳が訓練されている人でなければ聞き分けることは困難でしょう。

純正な長三度は386セントで、12平均律はこれよりも14セント広い音程です。これは、かなりひどい「うなり」が発生します。これは少し慣れればすぐに判ります。ギターで確かめてみてください(5弦の3フレットのドと4弦2フレットのミが判りやすいでしょう)。
ですから、ギターは長三度は不純だが5度が純正であるピタゴラス音律のように、旋律的な音律と云えます。一方、和声的な音律として純正律やミーン・トーンといった音律があり、また、調号が増えるに従って和声的な三和音から旋律的な三和音に変化していくヴェルクマイスター音律、キルンベルガー音律、ヴァロッティ&ヤング音律といったものがあります。
参照サイト 音律入門 古典調律法

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音律というものは、1オクターブを妥協して分割する方法とも云い換えることができます。その時に三和音の長三度を純正にするか、あるいはそれに近いものにするか、また、五度を純正にするか、あるいはそれに近いものにするか、の選択を迫られます。どちらも純正にしたいところなのですが、部分的にはできても完全に行うのは無理なのです(五度圏が完結しない)。楽器製作と同じように音律の世界もあちらを立てればこちらが立たずの世界なのですね。
その妥協の仕方に古来様々な方法が考えられてきました。純正律は一つの調しか使えないので合唱などでは使えますが、パイプオルガンのように音高が固定している楽器では無理で実用的ではありません。そこで考え出された音律がミーントーン音律です。これは純正律に近く、純正律よりも多くの調を使うことができます(すべての長三度は純正だが5度は一つを除いて他は純正五度より約5セント狭い697セントにする)。ですが、ミーントーン5度(737セント)という不純な広い5度が出てしまいます。
それとは逆に5度を純正に取っていくと、長3度が広くなって不純になります。これら両方の問題点を解決するために、先に紹介したような様々な試みが為されてきました。
バロック音楽の通奏低音楽器として重要だったチェンバロは一音ずつ弦の張力を変えて音の高さを変えることができます。ですから奏者の好みで様々な音律を作ることが可能です。バッハも様々な音律を試したようです。その音律のなかに、先に紹介したヴェルクマイスター音律などがあります。因みにキルンベルガー音律を考案した
キルンベルガーはバッハの弟子だったということです。
このサイトで各音律での演奏を聴くことができます

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音律の点から見ると、ギターはパイプオルガンに近い楽器と云えます。開放弦を合わせたら他の音が自動的に調律されるようにフレットが打ち込まれています。ですから、チェンバロやピアノのように全ての音を一音ずつ調弦することはできません。
演奏上の都合から、フレットは直線である方が便利ですが、12平均律ならば、半音はすべて同じですからフレットをすべて直線にすることができます。12平均律はギターのためにあるようなものと言っても過言ではありません。先に述べたように、これは旋律的な音律ですが、では和声的な音律のギターがあってもいいじゃないか、ということで考え出されたのがギタリスト西垣正信氏が開発されたフレッティング・プログラム N-sysです。これは現代のコンピューターがなければまず不可能なことで、ですからギター史上初めて為された画期的な事と云えます。最初の試みが為されたのは1986年頃のことだったと記憶しています。
古典調律のように12音の半音の間隔がそれぞれ違っていれば、それをギターに採り入れようとすればギターのフレットは各弦に一つずつフレットを打っていくか、曲がったフレットを打ち込むしかありません。その場合、弦の長さを各弦変えればフレットの曲がりを少しでも緩くすることができます。それをN−sysは計算してくれるのです。

この場合、ミーン・トーンは計算上では可能ですが、フレットは断片的に打たなければならずこれは実用上使うのが困難です。例外として、22セントのシントニック・コンマを1/6にしたミーントーン(ジルバーマン音律)は可能です。
ではヴェルクマイスターやキルンベルガーはどうでしょうか。これもミーントーンほどではありませんがフレットをかなり曲げなければなりません。これは使えないこともありませんが演奏はしづらいでしょう。
では、12平均律に近いヴァロッティ&ヤング音律はどうでしょうか。2フレットがややきつい曲がりになりますがなんとかなりそうです。ヴァロッティ&ヤング(Vallotti & Young)音律はヴェルクマイスターやキルンベルガー音律に比べると調号の数が増えるに従って変化していく調性感が緩やか、あるいは滑らかに変化していきます。それと同様フレットの曲がりも緩やかです。

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最初に参照してもらった五度圏図のように、ヤング音律は五度圏のC−F#を中心に左右に分割し、左側の六つの5度を純正5度の702セントにし、右側六つの5度をやや狭い698セントにしたものです。これで1オクターブは1200セントになり五度圏が完結します。因みに12平均律は5度がすべて700セントです。

ヴァロッティ音律は五度圏のF−Hを中心に左右に分割したものです。こうするとハ長調とイ短調が最も協和度の高い調になり、調号が増えるに従い調性感が変化していきピタゴラス音律に近くなっていきます。最終的には嬰ヘ長調と変ホ短調で終わります。今回試みるG−C#分割ヤングはギターに向いた音律と云えるのではないでしょうか。ギターは#が一つから四つまでの調が弾き易く、その調の曲も多いことから、ギターは#系の楽器とも云えます。
G−C#分割ヤングはこうした#が四つまでの調の主和音をより良く協和させることができます。また欲張って変形させることによってハ長調も同様にすることができます。五度圏図ご覧下さい (PDFファイルです)ダウンロードはこちら

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それでは実際にN−sysにフレッティングを計算してもらいましょう。
フレッティング・プログラム N-sysを開いてください。
求められている音の欄に、望む音律の音高と12平均律との差をセント値で入力します(半角英数)。
12平均律それぞれの音のセント値は以下です。C:0  C#:100  D:200 D#:300  E:400 F:500 F#:600 G:700  G#:800 A:900 B:1000 H:1100
この値とG-Cis分割 変形ヤング音律のそれぞれの音高との差は次のようになります。(Aを基準音にしています)
C:4 C#:−8 D:2 D#:−4  E:−2 F:2 F#:−6 G:4  G#:−8 A:0 B:0 H:−4
上の値を半角で入力したら弦長(Fill String Length mm)を入力します。今回のラプレヴォット・タイプは625mmに設定していますので625を入力します。そして「Guitar Start」ボタンを押せば自動的に計算してくれ、Output欄に数値が出ます。

上の欄はそれぞれの弦の長さの指定値で、たとえば+1ならば0フレットを起点に1mm長く、−1ならば1mm短くします。これはナットでの値ですからブリッジ・サドルでも同様の処置を施し、オクターブが合うようにします。ですから、たとえば弦長625mmで計算した場合+1ならば弦長は627mmということになり、−1ならば623mmということになります。
その下の欄はギターの1弦から5弦までのそれぞれのフレットの位置が示されています。数値は補正していないナットからの距離です。6弦は1弦と同じ音高(E)ですので省略されています。
12フレット以降はそれぞれの値の1/2を12フレットまでの距離に足せば済みますが、弦長が長くなったり、短くなったりしている場合はその値を足したり、引いたりした値を1/2します。
たとえば弦長625mmの場合は、1弦の13フレットは12フレットまでの距離312.5mmにナット〜1フレットまでの距離36.4に0.6を足した値の1/2、18.5を足せばいいわけで、値は331となります。以下同様に全弦行います。



その値を、このように指板に弦の線を引いた箇所にそれぞれのフレット位置として印していきます。
開放弦と12フレットの音高を合わせるためのブリッジ位置補正やナット位置補正などは12平均律フレッティングギターと同様に行います。


そしてフレット位置の点を結んだ線のとおりに溝を切り、フレットを打ち込めばいいわけです。



板フレットは、納まる溝を切るのも仕上げをするのも手間がかかり、メンテナンスもたいへんなので作業が容易な現代のT字(キノコ形)フレットを使います。上の画像のフレットは頭の巾が1.3mmのものです。
このフレットはアメリカのショップで入手したものですが、このフレットを打ち込むのにちょうどよい溝を彫ることができるミニ・ルータービットも販売されています。



またルーターホルダーも売られているので、いっしょに購入すれば一度にすべて必要なものを揃えることができます。






私は上に紹介したルーターホルダーが市販される前から行っていたので、このように自作したものを使っています。



ミニ・ルーターは近所のホームセンターで購入しました。
プロクソン社のハンディマルチルーターNo.28473を使っていますが、他のものでも大丈夫だと思います。これは定格(連続使用可能時間)が15分なので同じものを2台購入し、交互に使っています。フエキシブル・シャフトもホームセンターで購入しました。






その後RYOBI社から連続使用可能のミニルーターHR-100 が発売されたので、
現在はこちらを使っています。



このように両手でコントロールしながらフレット溝の下描きどおりに彫っていきます動画参照ください。



彫り進む方向は、向こう側からの方がやり易いように思います。どちらから彫り進むにしても指板の終わりのところでルーターの回転で振られてしまい、指板の端が欠けることがあるので彫り終わりのところをあらかじめ外側から少し彫っておきます。



1フレットを彫った状態。ビットの巾が狭いので彫ったときの木屑が溝に固く詰まります。ですから同じところを何度かさらった方がいいように思います。私はそうしています。



すべて彫り終えました。
12フレットと19フレットは直線なので、いつものように手鋸で挽きました。あとはフレットを溝の曲線に合わせて曲げて打ち込めば出来上がりです。
フレット面の仕上げ方はこちらを参照下さい。



完成。
ラプレヴォット・タイプは音がよく伸びるので音律の違いが判りやすいと思います。









演奏の動画はこちらを参照下さい。



参考までに、これはギタリスト鈴木勝氏設計による音律のフレッティングです(Suzuki音律)。N-sysと違い、ナットとサドルが直線になっています。
質問などありましたらE-mail kiyond-guit@carrot.ocn.ne.jp  までどうぞ。

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