ギターのための新音律  鈴木音律について

       ピタゴラスとミーン・トーンの響きを訪ね行く音律群

  
         
           <五度圏レーダー図>  鈴木音律「般若」


        鈴木音律について  音律設計者 鈴木 勝


                     はじめに

ギターは平均律をゆりかごにして、時代とともに成長した楽器だと私は思っています。ですからギターにとって、その居心地の良さを持った平均律を嫌いではないことを最初に明言しておきます。ギターの響きに強い愛着を持っているにも拘らず、更なる要求をしてみたいと感じたことは、音律によって生まれる響きに対してでした。平均律は非常に純正効率が良く、12音のハーモニーで現われる倍音のうち、5倍音だけが少しうなりを持っているだけです。フレットを持ったギターには最適な音律ではありますが、私達の耳が純正である響きを美しいと感じることも摂理ですから、平均律に対する要求は3度音程の濁りの改善ということになります。
この自然界では全てが均一であることはほとんどなく、平均とか等しいという態様は人間が意識的に単純化した概念であって、私達は乱れや歪みやゆらぎといった状態の中で生きていますし、そのことが生命作用を生んでいるとさえ私は感じています。そんな感覚的な要素からではありますが、音律にもそのような歪みの要素が入っていることの方が自然なのではないかと思うようになりました。考えてみれば平均律は音律であって、実践する上では楽器(声も楽器として位置づける)が必要ですから、歪みは製作誤差や調律等の色々な要素から 発生していますので、それだけでも歪みは十分なのではないかという考え方もあります。しかし、それは単なる偶発的な乱れに過ぎないものですから、何らかの想念とか意志の産物としての「芸」と申しますか、「如」とでも言いますか、体現する現象として表すことができないかとの思いから、ギターの音律を再考してみようと考えました。
ギターでは幸か不幸か、機能上全ての調性を満遍なく使用することはありませんから、使用頻度の極端に少ないハーモニーは、多少濁りを強くしても実践上は影響が少ないのではないかと考え、普段多用する和音の響きを平均化された状態から開放し、少しでも純正に近づけることを 試みることにしました。



                 音律設計の目標

数々の古典音律がありますが、概ね共通していることは、いかに純正に近い響きを多く使用できるように 設計するかということです。その行為は表面的には、長3度音程の美しさをどのように構成配置するかという命題に終始しているように見えますが、音律の美しさや安定感はそれとは全く違う要素によって支えられていると言ってよいと思います。本来、古典音律の原点はバランスの取れたエンハーモニック(異名同音)を実現することが根底にありましたから、暗黙のというか当然のというべきか、必須の要件として2倍音である オクターブを完璧な純正に保つことから始まり、当初は5度と3度の純正音程にこだわっていましたが、歴史的には次第にそれらを 放棄することになった経緯があります。その事実を見据えた上で、3倍音と5倍音の共鳴現象をギターの響きに効果的に取り込むためには、完全5度と長3度音程をどのように設計するかという命題に帰着することになります。

既存の古典音律をギターに応用する場合に問題となるのは、フレットが直線に打設できないことだけでなく、そのズレ幅が大きいことが最大の難点です。ズレが小さい場合はフレットを曲げることで対応が出来るようになりますので、ギター用の音律を設計する場合は、小さな曲りで大きな効果を生むようにすることが必要です。ギターには鍵盤楽器とは異なる特有の条件がありますので、これらを踏まえた上で最適なものを選定することが必要です。ここで選定という言葉を使った理由は、ギターでも純正な長3度を実現することは可能ですし、ピタゴラス音律やミーン・トーンの特徴的な和音の響きを併せ持つ音律も私は作りましたが、ギターに適する音律かどうかは別として、 純正律から平均律までの過程の中に無数の音律を作ることが可能だからです。しかし、実際に使用するとなればギター特性による調性の制限が 大きくなりますので、24調の半分くらいは心地よく演奏出来るような音律を作る必要があると考えます。現代音楽はロマン派後期から近代において、 平均律によって発展し変容しましたので、曲によっては古典音律の使用を断念せざるを得ませんが、20世紀音楽の特徴である「音楽の大衆化」は 古典音律の使用範囲を拡大しているとも考えられます。

所謂クラシック音楽の新たな展望が見えない現在において、歴史が常に繰返して来たように、古典に学び新たな糸口を発見しようとする行為は 意義あることであると私は信じています。このような考えから、これまでギターではあまり実践されて来なかった音律問題に取り組んでみようと決意しました。既存の古典音律をそのままギターで使用できない以上、音律変形を行なうか新たに作り出すかという選択がありますが、結局は変形程度の違いであって基本的に同じことですから、私はギターの特性を前提とした新たな音律として設計する道を選びました。以下にその音律設計の達成目標を示します。
ギター用新音律の目標
@純正音程を含むか近づけることで、平均律よりも美しい響きを創り出す。 
 特に3度音程は純正(-14)との中間(-7)よりも良い響きを作る。
Aピタゴラス音律の3度よりも悪い3度を作らない。
 つまり平均律との差が8セントより大きくならないことである。
B中全音律の5度よりも悪い5度を作らない。
 つまり平均律との差が3.4セント以上にならないことである。
C使用頻度の高い和音に美しい響きを配置する。
 つまり白鍵音を根音とする和音(ダイアトニックの長三和音)に配置する。
D響き方の変化は五度圏に沿って滑らかに変化するように設定する。
 こうすることで、ある調性内で響きのバランスをとることができる。
Eギターで使用可能なフレットのズレ幅となるように設定する。
 ギターの弦長により当然変ってくるが、標準弦長の650mmで4mm 未満 を目標としながらも、純正度を高くする場合では最高でも5mm以内とする。以上の項目をすべて充たす音律を作ることとしました。



                 5度音程の安定

まず重要なことは5度音程の安定ですが、長3度と短3度の積み重ねが完全5度ですから、5度が安定しなければ 長短3度の音程が5度圏サークルで波打つことになり、ある調性で和声の響きバランスが悪くなります。
理想は5度の音程で純正との小さな差を作り、その結果としてなるべく大きな3度の変化を生み出すことができることが望まれることになります。
そのような良い例としてヴァロッティ音律が 上げられますが、この音律は古典音律の中では純正な3度の響きはないけれども、純正5度6個に純正と−4セント差(1/6 コンマ減)の6個が連なり安定した構成となっており、その結果として長3度の響きは、−8セントの響きが3個で、−4セントが2個、 平均律と同じ響きが2個、ピタゴラスの3度が3個となる構造をしています。
一言で言えば「癖のない中庸な響きの音律」であり、平均律に近い古典音律であるといえます。(セント表示は基本的に平均律との差として表現します)
一方、ギターは構造的にフレットを持つ楽器ですから、等分音律以外ではフレットを直線に打設することができなくなるため、フレット位置のズレ幅は極力小さいことが望まれます。経験的には4mm 程度であり、最大でも5mm 以内が限度であろうし、箇所も最小限にしてフレットボードの中央部にないことが期待されます。
等分音律では、1オクターヴを何等分かした音程を最少のコンマとして重ねることで、5度音程を純正に近く設定し、その他の各音程をコンマの積み重ねにより近似することによって音律が完成します。この場合は1オクターブが等分数と同じ数となる音群の音律となりますが、直線のフレットが実現できます。平均律は12等分律ですからフレットは直線であり、新たな音律を構想するに際しては、平均律の様に安定した5度を基盤として音律を構成すれば、フレットの曲りは小さくなるであろうと予想できます。



                音律と音程の歪み

次に、どの音にどの程度の歪みを持たせるのがよいかを考えなければなりません。音律は一般的にはそれぞれの音を平均律とのセント差で表現することが多いのですが、これは言い方を変えれば、2倍音であるオクターヴを完全8度とするために、平均律とのセント差で 明確に規定することにほかなりません。こうして規定された音律における2つの音の音程は、高い音のセント差から低い音のセント差を引けば、その音律の2音の音程差として求められます。音律を理解するためには、純正な5度は+2であり、純正な長3度は−14(正確には−13.6)であることを覚えておくことが必要です。ちなみに、純正の短3度音程=完全5度−長3度ですから、+2−(−14)=+16であることは理解できるでしょう。
ここで基本的な音律の数理について説明しておきましょう。


            数理1:同一音程の総和は0である

具体例として5度音程で考えると、それぞれの和音を五度圏の右回りでCから総和すると (G−C)+(D−G)+(A−D)+(E−A)+(H−E)+(Fis−H)+(Cis−Fis)+(Gis−Cis)+(Es−Gis)+ (B−Es)+(F−B)+(C−F)=0であることは、全ての音が+と−で1回づつ出てくることから明白です。 これはどんな音程でも同じであり、平均律よりも音程の良い部分と悪い部分の合計が同等となるため、良い響きを作ればそれと同等の濁った響きが付いてまわるということですから、必要以上に悪い音程を作らないためには、5度圏で右隣の音との音程が、純正である2セントより大きくならないことが必須の要件となります。これとは逆に5度音程が平均律よりも下がる場合は、 中全音律の5度の−3.4セントより広くならないことが設計条件となっています。
ここで「音律の歪み」或いは「音程の歪み」について説明します。 このテキストでは、「音律の歪み」とは「平均律との音程差を総和したもの」とします。
つまり、音律のセント差の絶対値の総和ということになります。また、「音程の歪み」とは、各音の5度及び長3度の音程におけるセント差のうち、「平均律より悪い数値を合計したもの」として規定します。つまり、5度では負の数値の合計であり、長3度では0より大きい数値の合計となります。良い響きと悪い響きの合計は0ですから、歪みの程度は負の記号を取り払って表現することにします。


                 5度と3度の数理

音程を歪めて響きに変化を付けるには、五度圏に沿って音律を少しづつ変化させることで5度音程を安定させることができます。
ピタゴラスでは2セントづつ高くすることで純正音程を作っていますが、中全音律では−3.4セントづつ低くして純正3度を生んでいます。音律設計の目標からすれば、5度の変化率をこの両者を限度とすることになり、その範囲で3度音程を効率良く純正に近づける設計をすることになります。 2セントを越えると純正から遠ざかるだけでなく、濁った5度を多く作り出すことになります。ヴァロッティ&ヤング音律を除く古典音律は、ほとんどがこの必須条件を無視して設計されています。純正な5度は多いほうがいいのですが、同等の悪い5度も出来るため、設計目標から純正音程の数が幾つになるかを計算します。


            数理2:純正5度は最高で7つである

純正5度(+1.95)の数をxとし、悪い5度(-3.4)をyとすると1.95x−3.4y=0であり、x+y=12であるから、この連立方程式を解くと、x≒7.6となり、純正5度は7個となる。この数値の端数を切り上げれば8個となり、この場合でもほぼ目標に準じた音律が作れるでしょうが、どこかでシワ寄せが来ることが考えられます。 他方、3度の純正音程を生む5度は−3.4セントですが、y≒4.5ですから4個までは使えますので、この5度を4個積み上げることで 純正長3度を実現出来ますが1つだけとなります。この場合はそれ以外の8個を純正とするのではなく、平均律よりも響きの良い5度に 設定することになります。ちなみにヴァロッティ音律はx=6で良し悪し半々となっていて、純正音程を1個減らした分だけ悪い5度の濁りが和らいでいますが、純正3度を放棄する仕様になっています。3度音程は5度が決まれば必然的に決まることですから、音律設計は3度音程がどのように構成配置されるかを見ながら、5度を決定する方法が簡単です。


             音程の歪みレベルについて

この事実を踏まえ、ヴァロッティ音律の音程の歪みを改善し、悪い5度(-2)を1つ減らして5個にし、良い5度(+2又は+1)を1つ増やして7個にすることで、5度の響きを全体的に美しく感じられるように設定してはどうかと考えました。ヴァロッティ音律は無駄がなくよくできた古典音律であると思いますが、ギターでは調性的に相応しくないし、ギターで美しく響くように弾き易い調性に五度圏で回転して修正しても、フレットの曲りが大きくなって使えないためです。 そしてこの考え方では、基本的にヴァロッティ音律よりも美しい長3度は作れないことになりますが、ヴァロッティ音律が既にフレットの 曲りが大き過ぎることからも、一つの選択肢として受け入れることにしました。
しかし逆に濁った響きを和らげることができるプラス要素もありますので、平均律に近くなりますが、バランスの取れた濁りの少ない音律となるでしょう。
新しい音律を構想するにあたって、5度の音程はヴァロッティと同様に平均律と2セント差を限度として構成することにすると、悪い5度が−2×5=−10ですから、良い5度を7つにしようとすれば、+2 が3個で+1が4個ということになります(+2×3+1×4=10)。単純に平均したり緩く変化させてもいいのですが、チューナーを使用する場合のことなどを考慮して、ここではセントの桁は整数単位で行なうことにします。
ヴァロッティ音律の悪い5度を もっと減らせばどんどん平均律に近づきますので、美しい3度を生み出すこともできなくなりますから、私は最低限−2を4個以上として設計しました。ですから5度の歪みレベルはヴァロッティ音律では12ですが、この方法では11〜8までとなります。
ヴァロッティ音律よりも響きの良い3度を作るためには音律の歪みをもっと大きくする必要があります。例えば、純正3度を作るためには−14セントを純正5度の積み上げで作るために、2×7=14ですから7個の音が必要で、それを限度一杯の悪い3度で埋め合わせることで構成出来ますが、その歪みレベルは14となります。このように3度の純正度をどんなレベルに設計するかで、5度の歪み方も異なることになります。
音律を設計する最初に決めることは、単純に良い5度を多くするか、悪い5度を少なくするかという選択肢があり、残りの5度を平均する考え方があります。つまり、純正5度を7個にすると悪い5度が5つで、悪い5度を4個にすれば良い5度は8つになるので、どちらを選択するかです。また、5度を平均しないで純正音程を作れるだけ確保して、残りを0〜2セントの範囲で適度に調整することも可能です。
何れの方法においても、5度を7個か8個1〜2セントで並べて設計するだけで、鈴木音律の特徴を構造的に持つ音律になります。そして、ダイアトニック7音で良い響きを保つためには、良い5度を7個使用する方が結果がよくなるのは容易に想像出来ますし、純正に近い3度を生み出すためには、 悪い5度を限度いっぱいまでに強くして数を少なくすることで、良い5度が増えてこれを局部に集中する方法が有効ですが、綺麗な3度の範囲が一つ狭くなることも納得できるでしょう。



               5度音程の配置について

この5度音程構成を基盤にして、響きの良い長3度音程をどこにどの程度配置するかが音律構成の中心的な作業となります。3度の音程は5度音程の配置の仕方で決定されてしまうことは言うまでもないので、音律設計とはどのような5度の並べ方にするかという 問題であるということもできます。理想的には均整の取れた滑らかな変化が良いのですから、同じような変化を連続させるのが効果的で、ギターの構造的な特性もあることから最適な並び方を設定することが必要です。
ヴァロッティ音律では650mm の弦長で4Fが4.8mm、1Fと6Fが4.2mmの曲りですし、5度圏を右に1 個回しただけのヤング音律では、1Fで5.7mm、6Fで4.2mm の曲りです。新しい音律では少なくともこれより 小さくすることが必須の条件であるといえるでしょう。
ギターの調律ではAB弦の開放でGの長3度音程となっていて、このことがフレットの曲りを大きくする要素となっています。平均律では純正との差が14セントもあるため、響きを良くしようとしても平均律と大きく変えてしまうと、フレットの曲りが大きくなってしまうことは 明らかです。そのため、ギターではGの和音の使用頻度が大変高いのだけれども涙を呑んで抑制せざるを得ず、DとAの2つを一番美しく響く3度となるように設定し、Eは黒鍵グループに近いためHと大きく変化させることができないので、Gと同程度の改良に留め、CFHを平均律に近い仕様で構成することになります。ここで問題となるのがFの3度ですが、フラット系の入口ですから、どうしても響きが悪くなりがちです。平均律程度といってもどこまで妥協できるかですが、理想は2セントまででしょうが、4セントになると濁りが 気になり始めますので、最大譲歩しても3セントまでとしておきましょう。
また、GとGisの長3度音程が開き過ぎてその差が14セントを越えると、一番大きな曲りとなる可能性の高い第1フレットの曲りが5mmを越えてしまいます。ですから(C−Gis)−(H−G)≦14セントが限度です。
しかし幸運にも、良い5度を7個にする方法はこうしたギターの特性と良く馴染む構造で、鈴木音律の一番際だった特性と言ってよいでしょう。
良い5度の並びはピタゴラス音律の特徴である右回りに増加する形ですが、逆に悪い5度の並びは中全音律の特徴である右回りで減少し 閉じていく形で3度の美しい音程を作ることができます。



                純正と濁りのバランス

いくら純正音程を多く採用したいと考えてもこれは諸刃の剣で、純正5度には3度の濁りが背後霊のようについて回りますし、純正3度には5度の濁りがついていますので困ります。ピタゴラス音律よりも中全音律のほうが和声的に美しいと感じるのは、濁りの強さの違いです。ピタゴラス音律の3度よりも、中全音律の5度のほうが濁りが弱いからで、音律全体として濁りが少ないためです。単純に平均律で考えてみると、5度を4つ積み重ねると3度ですから、3度の濁りは5度の4倍になる訳ですから、3度音程の濁りを軽減すれば5度の濁りは4分の1なので、音律全体が美しくなるという理由です。そこで、音律全体を美しく感じさせるためには5度の純正度を少し減らして、それでも純正な響きを感じられる+1セント程度に保ちながら、3度の濁りを段階的に減少させていく方法が考えられます。
言い方を変えれば、極端に汚い響きの数を減らすことです。平均しますと濁りは小さくなりますが、逆に濁りが全体に拡がってしまい美しさは感じられなくなります。そこで純正音程と少し落とした程度を半分くらいに配置することが良いのではないかと考えました。
このような考え方から、私がギター用として最初に選んだ音律は、5度の美しさを極端に損なわないようにヴァロッティ並みの−2までとし、純正5度をCis,Gis,Es に並べて置き、+1セントを4個続けた音律です。これはフレットの曲りが小さく、3度の響きもヴァロッティ並みで中庸ですが、逆に濁りが少なく緩やかに変化している点で、調性感にぎこちない要素を感じない構成となっています。これはギター製作家田中清人氏の命名で「Suzuki音律」と呼ばせて頂いているものです。
つまり、鈴木音律は5度の変化をピタゴラス音律と中全音律を限界値とした範囲に置き、ギターの特性に配慮して3度の良い響きをハ長調ダイアトニック音階の和音に配置するように設計し、ナットとサドルを直線に保ちながら、フレットの曲りを抑えた音律として構想したものです。



                音律設計のまとめ

ここまでの内容をまとめてみると、音律設計目標を達成するために必要な要素は次のようになります。
@安定した5度とするため、五度圏での変化を+2〜−3.4セントとし、同じ変化量が並ぶようにする。
A平均律より良い5度を7個または8個とし、+2〜+1程度とする。
B3度の良い響きはDAを中心とし、GEを中程度、CFHを平均律程度に設定する。ただしFは3セントまでとする。
C音律は、(C−Gis)−(H−G)≦14を充たす設計とする。
通常はAの音を基準に調律しますので、鈴木音律もその例によります。
これだけの内容では無数の音律が作れますが、異なる音律として識別可能でなければ意味がありませんから、弦の精度や押弦技術や製作誤差等に呑み込まれてしまうような小さな違いは同じ音律として考えざるをえません。しかし、音律の中核部分ではギターという楽器の柔軟さを考慮して、聴覚的・視覚的に小さな違いでも感じ取れるものは別の音律として独立させました。ヴェルクマイスターやキルンベルガーの例もあるように、異なる音律として幾つかまとめて設計してもいいのではないかと考え、鈴木音律は目標を同じくして生まれた兄弟音律として、グループ音律とすることにしました。


               鈴木音律のファミリー構成

    
ここで鈴木音律の一覧を表示してファミリーを紹介しましょう。

  

音律を区別するために名前を付けています。1番〜7番と13番は歪みのレベルが異なったy=5のケースで、8番〜10番まではy=4のケースです。
この表の7「弥勒
(みろく)」が先程の「Suzuki音律」ですが、この「弥勒」だけを指すのではなく、音律の歪みレベルと構造が同じ程度のものを総称していて、3〜7番までを「Suzuki音律」と呼んでいます。ですから表記する場合は、名前とあわせて「Suzuki音律・弥勒」のように使っています。
ギターの音律として使用する場合は、鈴木音律の中核を構成している、この「Suzuki音律」が適したものであると思います。5種の中身は程度の違いですから、適当と考える音律を使用すれば良いかと思います。
ファミリーはギターの特性に配慮した内容ではあるものの、多少の考え方の違いは容認したいと思い範囲を広くして設計しましたので、11番「阿修羅
(あしゅら)」のように当初目標の枠を少し超えたものも入っていますし、最低限フレットの曲りを守ってはいますが、心地よく演奏するための適正な調性の範囲が狭くなっているものもあります。これらは目標を同じくして生まれた兄弟音律として、鈴木音律ファミリーの一員として名を留めたいと考えて鈴木音律を大家族構成としました。
実際にギターで使用する場合には、どれもそれなりの特徴をもって使える音律ですが、多分に好みの問題と直結しているであろうと思われますので、使用される場合は十分な検討をしてくださることを希望します。
一番個性が強いのは「阿修羅」や「韋駄天
(いだてん)」でしょうが、これでもヴェルクマイスターやキルンベルガー音律と調性的な違いはあるものの、ほぼ同じ程度の構造で、しかも効率よく設計されている音律であると私は思っています。個性はそれぞれ違ってはいても、同じ血統ですから似ている部分も多く、音律構造をわかりやすく視覚化した拙作の五度圏レーダー図で見ると、他の古典音律との違いと類似点が明瞭に理解できると思います。
この音律は、原形は小数点の付いた数値の集合ですが、利用上の都合を考慮して丸め、整数単位のセント値で示しています。
この他にもこの表に載らなかった数セント違いの音律群が何十も存在していて、実際の演奏では弦の精度の問題等で音程が乱れ、小さな違いは聞き分けることが難しいであろうと思われますので、鈴木音律の「如」というか陰として音律の隙間を埋めています。それでは鈴木音律はどこまでかといえば、「音程の歪みレベル」でお話したとおり、−2セントを4個、残りを+1セントで構成した「真如
(しんにょ)」という音律から、「仏陀(ぶっだ)」「仁王(におう)」を経て「阿修羅」によって囲われる範囲内の音律であると明言できます。
音律の数を13から15に増加するならば、この「真如」と「愛染
(あいぜん)」を加えることになります。「真如」が鈴木音律のほぼ上限であり、この「愛染」は「Suzuki音律」のほぼ上限として設計されているものです。

このファミリーの音律どうしでアンサンブルを行なった場合は音程差がある程度ありますので、調や曲の内容によっては相応しくないものもありますが、10〜12番を除く音律では、「Suzuki音律・文殊
(もんじゅ)」を基準にすると、音程差が最大でも2セントですから、調律を2セント以内で適宜微調整すれば、弦の不良による乱れが小さければ、問題なく使用出来ると思います。ギターも楽器によって1本づつ個性があるように、音律も微妙な個性があってよいのではないでしょうか。
モダンギターと古典ギターでは明らかに音程の許容度が違いますし、楽器の形や構造やサイズ等で音程に神経質な楽器や大らかなものがあります。それらを承知の上で音律と上手く組合せて製作することで、多少なりとも美しい響きが出せるようになれば、音律をファミリー化した私の試みも報われるだろうと思っています。



              鈴木音律の誕生と関係性

ここまでにお話したように、一番最初に楽器として完成した音律は「弥勒」でしたが、出現する途中で色々な音律が形成され、これらの関連を数理的に整理しましたのでここに公開します。
純正5度は7個と計算されましたので、それ以外の5度を計算しますと、悪い5度は平均すると、1.95×7÷5で−2.73となります。そこで純正とこの2種の5度音程をそれぞれ連続して並べることになりますが、ギターでの適正な配置は、DとAに良い響きの3度がくるようにするため、悪い5度をDからFis とします。このときFの3度は3.12セントとなり、目標は3セント以内ですが、ここまでは許容することとします。この音律を「
毘盧遮那(びるしゃな)」と名付け、12音を整数に丸めた音律を「仏陀」としますが、全部の端数が切り上げられると±の数が合わなくなるため、悪い5度の配置が五度円で線対称となるように、中央のEを−2セントに設定します。また、−2をDに設定した音律を「般若(はんにゃ)」と名付けますが、このときFの3度は4セントとなります。これらの音律ではピタゴラスの3度が4つ現れますが、これが嫌われたものであることは歴史上の事実ですから、可能な限り少なくすることを試みることにします。


      数理3:長3度の音程はその音から五度圏を右回りに
            4つの5度音程を加えたものである

五度圏において、ある音から右回りに4つの連続した5度を加えると、その和音の長3度となります。例えば、Cの長3度は(G−C)+(D−G)+(A−D)+(E−A)=E−Cという具合です。

同様に短3度では
           数理4:短3度の音程はその音を含めず
           五度圏で左回りに3つの5度音程を加えて
               符号を変えたものである

この場合は、C−A=−1×{(G−C)+(D−G)+(A−D)}です。
以上の数理から、純正5度が4つ連続するこによりピタゴラス3度が生まれているのですから、7つの純正5度のうち4つを純正に残して3個を1セント落として、Cis〜Bに配置して構成しますと、3度の音程が1セントづつ順次に下降する傾斜3度となります。
すると5度の歪みは2×4+1×3=11となりますから、悪い5度を平均すると2.2セントとなるので、これをD〜Fis に置いて音律を完成させたものを「不動」と名付けます。整数で表示する場合はHを−3とし、他の4つを−2としますが、0.2セントの違いは人の耳では判定不能ですから、この音律の名前も「不動」とします。この悪い5度5つを−2セントで統一すると5度の歪みは10となり、純正5度の数が3個に減りますが、−3セント音程がなくなり悪い3度が不動よりも1セントづつ軽減するので、フレットの曲りが小さく淡麗な響きの音律となります。この音律が最初に出現した「弥勒
(みろく)」です。
逆に、純正5度を5個に増やし、悪い5度を1個増やしてEに配置すると、歪みが12となりヴァロッティ&ヤング音律と同じですが、3度音程が−10セントになり「観音」と名付けます。−3セントの5度音程を5度ずらしてEからFis に移動したものが「
多聞(たもん)」であり、純正5度を6個に連続させたものが「梵天(ぼんてん)」です。こうして傾斜する3度が解消されて「仏陀」につながることになります。「観音」と「多聞(たもん)」では5度の歪みが同じでも3度の純正度が異なってくることが解ったので、更に効率が良くなる方法を考えてみました。「観音」は美しいと思いますが、悪い3度の響きがピタゴラス3度あたりでうろうろしているのがもどかしいため、「不動」のような傾斜状況を保ちながら良い3度を強化しようと試みました。その結果、「観音」のC、G、Dを1セントづつ低くすることで、「観音」と「不動」の良い部分を併せ持つ仕様となり、これを「文殊(もんじゅ)」と名付けました。
こうして、「鈴木音律」で設計目標を達成した1〜7番までの音律が誕生しましたが、これらを視覚的に五度圏レーダー図で連続表示してみると、平均律から「仏陀」に至る音律の変化が生き物のように変容していく様子が見えます。その順番は「弥勒」「不動」「多聞」「観音」「文殊」「梵天」「仏陀」です。



                  鈴木音律の特徴

鈴木音律を一言で表現するならば、ピタゴラス音律と中全音律の間を訪ね歩く旅をするような音律群です。両音律とも歴史の中で永く使用された実績のある音律であり、何と言っても純正音程をベースに構築されているという点で、特に意義深い音律です。鈴木音律の中では異端に属する10〜12番は、純正3度を求めながら目標の全てをクリアー出来なかった音律で、その個性は既存の古典音律と比較しても決して見劣りしないであろうと思うのですが、Fの響きが今ひとつということで適応する調性が#1〜#5程度になっていて、ピタゴラス音律と中全音律の響きを併せ持っています。
「虚空」はそれらを意識しながら純正から離れて目標に向かって努力をし、「Suzuki音律」の下限となっている「文殊」から2セント以内にまでに近づいています。そして「仁王」は平均律との間に仁王立ちして、鈴木音律を守っています。13番の「般若」は、目標を達成するための理を体現するために存在していて、鈴木音律の特徴をこれ一つで示すことが出来る内容だと考えています。
現在では古典音律が実際に使用される機会はほとんどなくなってしまいましたので、これらを今更ギターで再現しても何の意義もないと思うことでしょう。しかし、数々の古典音律がピタゴラス音律と中全音律を改良することで生まれたことを考えると、平均律に慣れ過ぎてしまった現代の音楽、特に平均律をゆりかごとして成長し発展してきたギターの響きに、古き良き時代のハーモニーを加えてみる試みも、それなりに意味があるだろうと思っています。
音律の歪みが小さい「弥勒」等は、現代の音楽に使用してもある程度の成果は得られるだろうと思いますし、調性の制限はあるものの、これらの何れかを気に入れば、平均律を使いたくなくなる人が現われるかも知れません。ここで、鈴木音律の「上限界」と「下限界」を五度圏レーダー図で表示して、音律範囲を視覚的に示します。色付けした部分が音律の含まれる範囲であり、下限界は「阿修羅」ですが、このエリアであれば全て鈴木音律ということではありません。そして当然のことながら、「Suzuki音律」は「鈴木音律」の範囲に完全に含まれます。


                  鈴木音律の範囲

  





               Suzuki音律の範囲と如

「Suzuki音律」の範囲幅はAの隣接が1セント、それ以外は2セントとなっていて、次の図のようになっています。この範囲の音高であれば、設計目標を満たしている限り、各音がどんな数値を取っても「Suzuki音律」です。
ギターは鍵盤楽器と違って色々な要素によって様々に音程がふらつきますし、製作上でのフレット打設誤差が±1セント程度であることを考慮して、この程度の幅で大らかに規定しておいて良いのではないかと思います。
しかし、製作誤差は偶発するものですし、全ての音に1セント程度の誤差があるわけではありませんから、何を元に製作したかで少しづつ音律が変ってきますので、僅かな違いであっても異なる音律として明確にしておきたいと考え、名前を付けて整理しています。
これは詳細に音律を検討し実際に試作してみて、どの程度がギターにとって適切かを見極めるために取った方法です。


                  Suzuki音律の範囲

  

この範囲の上限が「弁天」で、中心線となるのが「不動」で、下限が「文殊」です。ですから、音律を一つだけに絞れと言われれば、「Suzuki音律」は「不動」であるということになるでしょう。実践上では「弁天」も「文殊」も「不動」との違いをほとんど聞き分けることができないだろうと思います。
その理由は、「不動」を調律する際に1セント上げれば「弁天」と、下げれば「文殊」と理論上は12音のうちの2音が1セント違うだけの音律になるからです。これでは別の音律として考えるのは無理があるように思われますが、あえて別の音律とした理由は二つあります。第一は曲りの程度が異なっていますので、製作する上での誤差もありますから音律が微妙に違ってくることです。音律を区別する際には2セントの違いは決して小さな差ではないのです。第二は前掲の音律ファミリーに掲げられてはいない陰の音律で「比丘尼」と「阿弥陀」を「観音」と比較すると、上下1セント差で設計されていて、「不動」の場合よりも更に1セント程度平均律から遠ざかり、純正度も濁りも少し強く構成されていますので、そのグループと区別するためです。
「文殊」は「観音」と「阿弥陀」の1セント幅のエリアに入っていますので、「Suzuki音律」とは少し異なるグループが「鈴木音律」の中に重なって存在しているからで、「観音」も「鈴木音律」を代表する音律の一つです。それと同じ見方では、「仏陀」「梵天」「般若」も同じ音律といえます。そして「文殊」は「鈴木音律」の目標を達成した正規な音律群の全体軸にもなっていて、その幅は±2セントですから、目標達成の究極は「文殊」とも言えます。

ちなみに、「Suzuki音律」の範囲に含まれる音律のパターンは、整数で表しても78732個あることになります。その全てが「Suzuki音律」ではありませんが、数あるその「如」の中から5つの音律を次表に公開しておきます。そのまま合奏しても問題はないでしょう。


  

「愛染」は「Suzuki音律」の上限として発想しましたが、この音律がヤング音律を五度圏で#1つ右に回したものと近似していて、Cで1セント、Gで2セント違うだけです。「弁天」は「愛染」を調律しやすいようにEとHを1セント平均律に近づけたものですが、「Suzuki音律」の上限そのものとなっていて、「地蔵」とも3度の構成ががよく似ている配置となっています。「地蔵」は「弥勒」と次の「如来」の中間にあり、「如来」は音律の中で3度と5度の響きが線対称の形をしていて、ギターの特性に影響されずに設計されましたので、曲りが少なく純正効率が高い音律です。「比丘尼(びくに)」は5度の歪みは11ですが、Gの3度の純正度が−6でGis が8となり、差が14セントですので1Fの曲りが最大限度になっています。そして「弁天」と「不動」の範囲内に位置し、「文殊」が「観音」と「阿弥陀」の間にあるのとほぼ同じ関係ですから、立派な「Suzuki音律」の一員です。ここには5度の歪みレベル10における「如」を主に紹介しました。5度の歪みレベルが高い音律は3度の純正度も高くなりますが、これ以上掲出しても際限がありませんので、音律の紹介はこの程度に留めることにします。

ここに紹介した音律は設計目標とした「Suzuki音律」の一部ですが、この程度の違いは同じ音律として理解する方が賢明のような気がします。
数が多いのはギター用の音律としてどの程度が適当かを見定めるための試行錯誤の結果です。全ての音律を試作し検証することは費用と時間がかかりますので、取り敢えず私の予測を元に製作した2本のギターの結果から、確信を得て公表することにしたものであり、全貌は確認していないことを告白しておきます。最後に、ヴァロッティ音律とSuzuki音律(弥勒)を五度圏レーダー図で比べて「鈴木音律」の概要紹介を終わります。


  





                参考:【五度圏レーダー図】

  



  



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                      suzukimasaru@m6.dion.ne.jp


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                    Suzuki音律モダン・タイプ


           
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