蝉 いろいろ





南フランスの蝉
日本のツクツクボウシに似ている







熊谷守一が蝉を描いているのは知らなかった
1961年(昭和33年)作・婦人之友社所蔵
2012年熊谷守一展図録より部分転載







日本画家・大沼憲昭氏が描いた蝉
ミンミンゼミでしょうか・・
小さい方はニーニーゼミでしょう







岡山県在住 K様の作品
真鍮製 体長約2cm
本物の蝉の抜け殻から
型を取って鋳造したものだそうですが
すばらしい技術です
その他の画像







画家・杉本健吉氏が手慰みに作った勲章
蝉の部分は紙粘土だそうです







古代中国の三星堆遺跡と同地域・同時代
の遺跡から出土した青銅製蝉のバックル











中国製の鼻煙壺  長さ10cm 
すばらしいデザインです
材質は墨玉と思われますが
翅の部分に入っている細かい網目状の模様が
よい雰囲気を醸し出しています
(もしかしたら石ではなく練り物かもしれません・・)







これも鼻煙壺です
満天星梅花玉といわれる
珍しい玉ぎょくで作られたものです
中国製で、長さ約8cm







京都在住の陶芸家須藤久男氏の作品 
香合 長さ約8cm 













同じく須藤久男氏の作品
蝉の幼虫から発生した冬虫夏草
とても焼き物とは思えません
高さは60cm以上ある大きな作品です
須藤さんとは石器仲間でもあります







革工芸家 河野甲さんの作品
蝉の幼虫から発生した冬虫夏草
これが革で作られているとは
まず誰も気付きません
これも大きな作品で高さは67cm
作品集「しずかな八月」より

河野さんとは奥さんの滋子さん(人形作家)と共に
私のギターとコラボ作品展をやったことがあります


冬虫夏草は造形作家の心をくすぐるようです
どちらの作家も大きく拡大したものとして
作っているところに興味を覚えます

冬虫夏草図鑑などを見ると
実際は小さなものなのに
そこに巨大な宇宙を感じ圧倒されるのです







近所の神社の境内で・・・朝7:30頃
羽化して間もないアブラゼミ
羽化したては真っ白だが
こうして抜け殻に掴まって
じっとしている間に羽に模様が表れてくる







抜け殻







これは台湾に生息している蝉
「黒翅蝉」
翅を含めた体長は3,5cmほど
実に美しい







同じく台湾の蝉で
「黒翅草蝉」
翅を含めた体長は約2,5cm
体がタマムシのように
瑠璃色に輝いている
これも美しい







同じくこれは「紅脚黒翅蝉」
翅を含めた体長は2,5cmほど
すばらしいデザインであります







現代物の目貫 長さ2,6cm 

蝉と、その幼虫という意匠はおもしろいが
江戸時代のものに比べると
細かいところの表現にはぬるいものがある







幼虫の背にカタツムリが這っているのは
すばらしい発想であります







これは日本で作られた金属工芸品の留め金具で
煙草入れのものだと思われる 
鳴子(鳥おどし)に止まっている蝉 が表現されている
時代は江戸〜明治頃か・・







巾は1,8cmほどの小さなもので
蝉の大きさは5mmしかない
それでも、このように拡大(15倍)しても
細かいところまで入念に細工がなされていて
蝉の目や翅、紐の縒り目に金が象嵌(ぞうがん)されています
その技術の高さには驚かされます

江戸時代の金工技術の細かさは
信じられないほどのものが多く
特に刀剣の拵えの付属品には贅が尽くされている
裕福だった商人や町人たちが使っていたものとしては
矢立やたて(携帯用の筆記用具、筆と墨)があります

明治になって廃刀令が出されると
これらの金工職人たちは
このような日用品の金具を手がけるようになりました







日本刀の拵えに使われる目貫めぬき
長さは2cmほどの小さなものです
柄の飾りとして挟み込まれます







表面に施された
タガネの彫り込みは見事です







上2点の大きさの比較







日本で作られた金属工芸品の留め金具で
煙草入れのものだと思われる
明治時代のものと思われます
長さ3,8cm







ドイツ製のペンダント・トップ
これまた大胆な発想ですね
中央部の丸いところは真珠貝です
この貝を活かそうとした結果
こういうデザインになったのかもしれません
この形状は、なんとなく
愚庵さんが描いた蝉に似ていますね・・







これは現代製のブローチ







フランス製の焼き物
壁掛けになっていて、裏側に
鳴き声が出る装置が付けられている
なんとも贅沢な・・長さ13cm







印籠いんろうと根付ねつけ
よくぞ作ってくれた
印籠の長さ11cm、根付は6cm







中国製と思われるものですが
なかなか出来はいい
新しいものです







これは私が所有しているものでは
ありませんが、アメリカの根付作家が作ったものです
Janel Jacobson
柘植(ツゲの木)で作られたものですが
この技術には驚かされます







佩蝉(はいせん)という古代中国の玉器ぎょくき
後漢時代(3世紀頃)のものと思われるもの
石の種類は軟玉で長さ5,5cm
軟玉といっても硬い石で、モース硬度は6以上あり
ガラスや鋼よりも硬い

因みに水晶(石英)は硬度7
翡翠(硬玉)も硬度は7以上あります
石質は硬度と緻密さ(比重)で決まり
同じ硬度でも比重の軽い水晶は
翡翠に比べると加工は容易です
軟玉は水晶よりも硬度は低いのですが
強靭な石質なので加工は困難です

この硬く強靭な石を古代の人がどのように
加工したのか興味が湧くところです(参照
この時代、中国では、人を埋葬するときに
魔除けとして、このような玉(ぎょく)で作った蝉を
副葬品として使ったということです
佩蝉には頭部の先端に紐を通すための穴が開けられており
死者の頸にかけたものと思われます
同様のものに 含蝉(がんせん)というものがあり
これは口に入れていたということです
一説によると、埋葬するときに人間にある九つの穴に
玉で作られた蝉を入れておくと死体が腐敗しないということで
こういった習慣が生まれたとされています

春秋時代の頃(紀元前500年頃)から死者を埋葬する際に
口に玉を含ませることが行われ
漢代
(紀元前200年〜紀元後200年)になると蝉形の玉が
使われるようになったということです

また、「続漢書」や「晋書」には蝉形装飾が宮廷の侍従官の
冠に付けられた事が記されているということです。

古代エジプトでは復活・再生の象徴として
スカラベが貴ばれていましたが
古代中国の蝉はそれと同じようなものだったと思われます

蝉は土の中にいた幼虫が木の幹に登り
成虫へと脱皮しますが
こうした人間の目に触れやすい蝉の生態に
エジプトのスカラベと同様の思いを抱いたとしても
何ら不思議はありません
身近な生物の生態の神秘に
人間の及ばない力を感じたのでしょうか

古代の日本では、銅鐸にこういった昆虫が
装飾されたりしていますが
蝉が施されているのは私はまだ目にしたことがありません
カマキリ、トンボ、アメンボウが線刻(陽刻)
されているのは存在します(参照







後漢時代後期のものと思われる玉製佩蝉はいせん
長さ4,5cm







これは唐時代か宋時代(7世紀〜13世紀)
作られたとされる玉の蝉
長さ4,5cm
中国ではこの時代仏教が盛んで
蝉という字が禅に通じるということで
玉で作られた蝉を身に付けるように
なったということです







上のものと同じ種類の石で作られたもの
これはごく新しいものです 長さ4,5cm 







中国明時代のものとされる佩蝉はいせん
石質はおそらく蛇紋岩 長さ約8cm
両面同じように彫られている
こういったものは珍しい







これは軟玉で作られたもの 長さ6cm
中国製でそれほど古くはありません
日本のアブラゼミのような色と質感の石です







これも中国製でごく新しいもの
ミャンマー産の翡翠(硬玉)で作られています
 中国では、このように古代から現在まで
玉で作られた蝉は多く存在します







蝉ですが







違った方向から見ると
このように見えます







実は二匹の蝉を合わせたような
形状に作られているのです
この発想には脱帽です 長さ約5cm 
材質は墨玉と思われます
硬度は6ほどで軟玉なんぎょくよりは
やや柔らかな感じです







これも上のものと同様に
二匹の蝉が合わさったもの
なんともとぼけた表情です
中国製で、それほど古いものではありませんが
すばらしいデザインです







長さ5,5cm
材質は白玉はくぎょくです







硬玉こうぎょくで作られた中国製の硯
長さ14cm、中央部のフタの部分は8,5cm







フタを外したところ
硬度7はあると思われる硬い玉を
よくもここまで加工したものだと感心します







これはごく新しいものですが
手のひらにズッシリと乗る大きさに
ほれぼれとしてしまいます 長さ約12cm 
墨玉と云われる独特な色あいと質感の石で
黒檀を磨き上げたような質感です







寿山石に彫られた蝉 中国製
中国で採掘される寿山石は印材としても使われています
柔らかく粘りがあり、加工が容易なため
中国では古来から精巧な彫刻作品が作られてきました







これはタグアナッツという木の実で
作られた蝉の根付 長さ約4cm
琵琶の実に止まっているところを
表現しているようです

蝉の形状から
おそらく中国製だと思われる
ごく新しいものです







これがタグアナッツ
直径約5cm
象牙と同じような硬さと質感なので
近年、根付の素材としてよく使われている







江戸時代の浮世絵師、喜多川歌麿が描いた蝉

ニューヨーク・メトロポリタン美術館
所蔵されているもので
同館から1984年に出版された
SONGS OF THE GARDEN UTAMARO
に掲載されているものです







この蝉はヒグラシとなっていますが
どう見てもニーニーゼミですね
トウモロコシに止まっているのが
何とも云えぬ不思議さです・・

百喜斎森角の狂歌が添えられています

人目よし ちょっとこのまに 抱ついて
せはしなきねは ひくらしかそも








同じく歌麿が描いた蝉
これはヒグラシでしょうか







こちらは糸瓜(へちま)に止まっています

三輪杉門の狂歌

うき人の こころは蝉に似たりけり
声はかりして すがたみせねは

浮き人の心は蝉に似たりけり
声ばかりして姿見せねば








これは高島北海が描いた蝉
日本経済新聞社刊「高島北海画集」から部分転載

これは明らかにクマゼミです
いっしょに描かれているトンボの描写力も凄いものです

高島北海の絵は南画風でありますが
その描法でピレネー山脈やアルプス山脈などの
スケールの大きな大自然を描いているものもあります
その空気の表現は大変すばらしく
息を呑んでしまうほどです
なかでもナイアガラの滝図の
六曲屏風には圧倒されてしまいます







布に織り込まれている蝉
着物の柄の一部です
翅は金糸で織られています







金糸、銀糸などで様々な虫が織り込まれています
通称「虫尽くし」と云われている絵柄で
光の当り具合で見えたり隠れたりします
上の方に黒っぽい糸で織られた蝶
蝉の下にはアブのようなものが見えます
それから中央部に銀糸でトンボが
その下にはカタツムリ
その下の黒いものはアリと
何かの甲虫のようです
最下部には金糸の蝶がはっきりと見えます







これは天地を逆転したものです
着物の絵柄は天地が決まらないように描かれます

こうして見るとクモ、カマキリ、カエルが
見えてきます
他にも不明な虫が何匹かいます

この古裂(こぎれ)はかなり古そうです
江戸時代のものかもしれません









これは高村光太郎の木彫作品
(ひのき)材が使われているということです
ここでも紹介されています

また、ここでは
エジプト人が永生の象徴として好んでスカラベの
お守を彫ったように、古代ギリシャ人は
美と幸福と平和の象徴として好んで
セミの小彫刻を作って装身具などの装飾にした」

と述べられています

そういえば、下に紹介しているゴッホの手紙では
あのソクラテスの仲良しの蝉だけが残っているのです。
そしてここでも確かに蝉たちは今も尚
古いギリシャ語で歌っています。」
という件がありますが、
何か関連があるのでしょうか・・・

ちょっと調べてみたら、小泉八雲
そのことに言及しています
参考サイト







江戸時代の浮世絵師
歌川国芳が描いた蝉
「昔浮世絵木版画」から空蝉うつせみ
カエデの葉に止まったクマゼミと思われます

うつせみの 身をかへてけり このもとに
猶人からの なつかしきかな







江戸時代中頃の画家
伊藤若冲じゃくちゅうが描いたもの
アブラゼミは判りやすいです
小学館発行「伊藤若冲の動植綵絵」から部分転載

蝉が止まっている植物は何でしょうか







これが全体図です「池辺群虫図」
蝉が止まっているのは瓢箪(ヒョウタン)の蔓でした
実の形状もいろいろあります

若冲は鳥を描くのが得意だったようです
鳥を描いた画面は鋭く厳しいのですが
こういった小動物を描くと
ほがらかな画面になるのです
これは若冲が50歳の頃描いたものです







これも若冲が描いた蝉
77歳のときに描かれた「菜虫譜」(絵巻物)
に描かれているものです
さらに柔らかな雰囲気です
これもアブラゼミのようです







木村荘八が描いた蝉
荘八ワールドに満ち溢れた文字と絵です







篠山在住の画家円増肇さんが描いたアブラゼミ
円増さんの絵は他にも数点掛けていますが
どれも円増さんの生き物に対する
慈しみが溢れています
それでいて、凛とした緊張感があるのです







江戸時代末の画家
葛飾北斎が描いたもの
「北斎漫画」より
蝉というよりもハエのように見える







これは北斎の門人である
葛飾為斎(いさい)が描いたもの
元治元年(1864年)に刊行された
「花鳥山水細画図式」より 
ミンミンゼミか・・・







これは刀の拵え金具の意匠図
作者は上に同じく葛飾為斎
蝉の下に描かれている楕円の線は
柄頭つかがしらの形状である
ツクツクボウシか・・







渓斎英泉けいさい えいせんが描いたもの
文政11年(1828年)に刊行された
「画本錦之嚢」(えほん にしきのふくろ)から
これはツクツクボウシでしょうか
ハルゼミでしょうか・・
さすがに実力派の英泉、見事です







江戸時代中頃の画家
円山応挙の写生
これは明らかにアブラゼミですね
さすがにきっちりと描かれています
応挙の実力のほどがよく伝わってきます

下に紹介している「井蛙抄」の画図作者である
橘守国
とほぼ同時代の人です
どちらも狩野探幽の流れを受けていますが
画風は全く違いますね。興味深いです







19世紀末、オランダの画家ゴッホのデッサン
同朋舎出版刊「ビジュアル美術館・ゴッホ」から部分転載



これはフランスに生息している蝉
ゴッホのデッサンが立体的に描かれているのは
ゴッホの個性、あるいは西洋人の感覚かと思ったりしたが
当地の蝉を実際に見てみると
形状が日本の蝉とはずいぶん違っていて
ゴッホのデッサンはそれほど誇張は為されていないことが分かる


ゴッホの蝉は病気療養のため南フランスの
サン・レミに居たときに描かれたもの

1889年にテオに宛てられた手紙で(日付はありません)
ぼくはこの土地の蝉のスケッチを同封した。炎暑のさなかに
聞く蝉の歌は、故郷の百姓家炉辺のコオロギと同じように、
ぼくの心を惹きつける。弟よ、ささやかな感動が
ぼくらの人生の指標になり、知らず知らず
ぼくらがそれに従っていることを忘れずにおこう
以下略

みすず書房刊「ファン・ゴッホ書簡全集」から
宇佐美英治訳


それとは別の手紙では
外では蝉がミンミンと声を限りに鳴いている。
コオロギとは比べものにならない強い声。
そして日に焦げた草はみんな美しい
古代金の色調を帯びている。南仏の美しい町々は
昔は栄えたが今は疲れ果てたズイデル海に沿った
故国の古い町々に似ています。
物がみな滅び移り変わったなかで、
あのソクラテスの仲良しの蝉だけが残っているのです。
そしてここでも確かに蝉たちは今も尚
古いギリシャ語で歌っています。
ぼくらの友イサークソンがあれを聞いたら
さぞ悦に入ることでしょう
 以下略







江戸時代中頃の宝暦二年(1752年)
出版された「井蛙抄」せいあしょうという歌論集から

これも北斎が描いたものと同様蝉には見えない
ハエかアブのようである

画図作者は橘守国
版木の彫工は藤村善右衛門

画家の橘守国(1679〜1748)は狩野探幽の孫弟子で
版木の細密画を得意としていました







これは全体の図
木に比べてずいぶん大きな蝉だが
これは小判本(縦18cm、横12cm)
ためだと思われます
蝉が主役の頁ですから

なくせみの はにをく露に
秋かけて 木陰すずしき 夕くれの声

鳴く蝉の 葉に置く露に
秋かけて 木陰涼しき 夕暮れの声


夕暮れに鳴く蝉だから
これはカナカナカナと鳴く
ヒグラシ蝉だろうか・・・







上に同じく橘守国が描いた風景画
のどかでほのぼのとした世界に
心が穏やかになります
作者の人柄がよく伝わってきます

正徳5年(1715年)に刊行された
絵本初心柱立から

橘守国の刊記を紹介しておきます

絵本類書世に多し 今改むるにはあらず
筆勢愚なるは 至らざらんゆへと御ゆるし給へ
唯初心の便にもなれかしと思のみ








安永7年(1778)年に刊行された
「群蝶画英」から
作者は英一蝶はなぶさ いっちょう







室町時代(15世紀)の画僧
愚庵(ぐあん)によって描かれた蝉
バーク・コレクション

これはどう見ても蝉には見えない
愚庵さん、実物を見ずに描いたのだろうか・・







これが全体図で、葡萄樹が描かれたもの
この絵は実物も目にし、図録も何度も
見ているのだが、これまでこの葡萄の蔓の先に
描かれているのが蝉だとは気付かなかったのです
図録の解説でも「蔓に止まった蝉・・・」と
述べられているので、一応蝉なのでしょう・・
はねと脚は明らかに蝉ですが
その付き方、全体のバランスはかなりおかしいですね
翅の透明なところと胴体の色から
クマゼミだと思われますが・・


画像の無断転載禁止


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